陸上養殖の基本的な分類を考える
陸上養殖の基本的な分類については、前記事のPart1にて「掛け流し式」、「半閉鎖循環式」、「完全閉鎖循環式」の3種類に分け、概要について少し触れました。
なお、3つの分類ですが、もっとシンプルに分けるのであれば、「半閉鎖」と「完全閉鎖」を合わせて「循環式」とし、「掛け流し」と「循環式」の2つに分けることも出来ます。むしろこちらの方がセオリーでもあります。実際、語る人によって、循環式には様々な呼び名があり、「半閉鎖」と「完全閉鎖」の境界はぼやけているように思います。
しかしながら、元技術開発者Mauerとしては、「半閉鎖」と「完全閉鎖」には、大きな隔たりがあると考えているため、ここでは3つに分類することにしました。
なお、陸上養殖を分類していく上で、論点の中心となっているのは”水”です。水の活用方法の違いで分けられていると言えます。
Part2では、陸上養殖の基本的な分類からメリットとデメリットを比較し、陸上養殖の世界観を覗いていきます。その上で、Mauerが陸上養殖を楽しむために必要だと考える新たな視点について、Part3へと分け、議論を進めていきたいと考えています。
陸上養殖のメリットとデメリット
掛け流し式
河川や地下、海などの適当な水源から養殖水槽へと直接水を引き入れ、連続的に給水と排水を行う方式です。
掛け流し式のイメージ図を3Dで作成してみました。
極端な略図ですが、上流側の水路から水を引き込み、排水路へとガンガン排水していくイメージです。
メリット
①水質的に新鮮で綺麗な水を連続して供給できる ②設備のイニシャルコストを下げる
デメリット
①温度管理が難しい ②立地条件の制約大 ③天候、季節、地質的条件など環境の影響を受ける ④自然(系外)への環境負荷大
掛け流しの最大のポイントは、当然ながら常に新鮮な水を供給し続けられる点にあります。
アクアリウムも同様ですが、基本的に水棲生物の命は、水質環境に大きく左右されます。そのため、水槽飼育(=陸上養殖)にとって良い設備とは、いかにして水質的に良質な水を育成対象種の目の前に提供し続けられるかにあります。結果、陸上養殖におけるシステム及びオペレーション設計の最大の論点は”水”の扱い方となります。その点から言えば、循環式のように様々な資機材設備を整えることなく、低コストかつ無尽蔵に新鮮な水を供給でき、汚れた水を常時排水&換水し続けられる掛け流し方式は、水質的に最高品質の”水”を育成対象種に提供できることになります。
その恩恵は大きく、水質環境の悪化が引き金となる成長率の低下、疾病、斃死の問題を大きく回避させることが出来ます。また、養殖を行う上で管理者に最も求められることは、育成対象種のベストな状態をどれだけ熟知しているかにも掛かっていると考えています。生体が健康であるときの良好な状態(成長率、餌料効率、行動)を知ることは、育成管理を行う者にとって、何よりも大切な知識です。これを水質悪化というファクターを消し去って観察できるメリットは大変大きいと考えています。
しかしながら、汚れた水をガンガン排水する方式であるため、自然環境へと多大な負荷を掛けることが、最大の問題になります。
また、システムの外から常時水を取水し、連続的に換水を行うということは、換水量が多ければ多いほど、天候や季節等の外的な水質変化の影響をもろに受けることになります。中でも水温の影響は大きく、温かすぎたり、低すぎたりする場合には、水温調整が必要となる場合があり、膨大なコストを発生させる場合があるため、育成対象品種や立地条件が限定されることになります。
また、取水方法や状況によっては、外から病原菌等を持ち込むリスクが発生することもあるため、疾病対策のための殺菌設備が必要になる場合もあります。
半閉鎖循環式
掛け流しと異なり、半閉鎖循環式では、育成水を綺麗にするための濾過設備を備えることで、育成水の浄化による継続利用によって換水率を抑えることができる方式となります。
換水率は、設備能力や育成条件によって異なり、1日当たり数~数十%を交換する場合や、育成期間中は循環によって使い続けつつも、育成終了時に全量換水する場合など育成対象種や設計者の方針により、採用手法は様々あります。
また、育成密度によっては、必要な溶存酸素量が確保出来ない場合が多々あるため、ブロアーなどによるエアレーションや、酸素混合器などを使用して水中の酸素維持に努めるなど、浄化設備以外の装置が必要になる場合があります。
メリット
①水質管理の安定化 ②水温調節のコスト低減 ③病気の持ち込み低減
デメリット
①掛け流し式と比べイニシャル及びランニングコストPU ②病原菌の温床化リスク ③立地条件の制約あり ④自然環境への負荷を低減
半閉鎖循環式の特徴は、掛け流しと完全循環式の良いとこ取りをしたハイブリッド型とも言えます。
最大のポイントは、自然環境からの影響を抑えつつ、水質や水温管理を行える点にあります。
濾過設備を入れることで育成水の浄化を行い、育成水を循環再利用することで、換水量を減らし、水質を任意の値にコントロールしつつ、適温を保持しやすくなるため、温調にかけるエネルギーコストを抑えるメリットがあります。
事業としての利潤確保を狙いつつ、多様なシステムがデザインされており、循環式を謳うシステムの多くがここ該当していると思われます。
その上で、設備を整え、換水率を数%に抑えることが出来るシステムであったり、育成期間中は水換えを一度も行わない様なシステムは、一見すると完全循環式とも呼べる能力を保持しているように見えるのですが、Mauerとしては、日々のオペレーションに換水及び排水というファクターがある以上は、厳しく半閉鎖循環式と定義し、完全循環式とは分けたいと考えています。
それは、育成水を長期的に再利用しながら使用し続けていく上で、処理困難な物質の蓄積や欠乏があり、完全閉鎖循環式を実現するための要素特定や技術設計は、半閉鎖循環式に比べてはるかに難しいと考えられるからです。
また、換水を必要とする以上、どうしても水源に隣接した土地など、立地条件が限定的になります。
更に循環式により換水率を下げるメリットがある一方で、病原菌等を外部から持ち込んだ場合、感染率を上げることにつながるリスクがあるため、殺菌設備を組み込む場合もあります。
その上で、次に見る完全閉鎖循環式は、見た目としては半閉鎖循環式とほぼ同じように見えるのですが、中身の能力としては、大きく異なるシステムになると考えています。
完全閉鎖循環式
蒸発分の給水以外は、原則的に換水を行わず、システム内で一度給水した水を濾過槽で浄化しながら使い続ける方式です。
作成したイメージ図の半閉鎖循環式との違いは、排水路への排水口を無くした点です。勿論これはイメージ的説明のための例えです。要するに、日々のオペレーションに原則として系外への排水を必要としないという意味です。現実的には、様々トラブルやメンテナンスの関係上、排水口は用意しておくものでしょう。
メリット
①外部環境に左右されない水質の完全管理 ②病原菌持ち込みリスクが限りなくゼロ ③育成対象種に最適な育成環境を安定的に実現 ④系外への環境負荷(水質的に)が限りなくゼロ ⑤立地条件の制約が少ない
デメリット
①維持管理コストが大になりがち ②設備導入のコスト大 ③病原菌を持ち込んだ場合の温床化リスク
ここでは、完全閉鎖循環式の最大の特徴を、原則的に換水を行わないこととしました。これは、システム系外からの影響を最小限に抑えた水温、水質管理ができることを意味し、育成対象種に最適な環境を完全管理の元で提供することが可能とします。また、外部からの病原菌の持ち込みが無ければ、疾病の問題を限りなくゼロにすることが可能です。
陸上養殖が問題にしているのは「”水”の使い方」だと述べましたが、これを実現するためのアプローチは主に”機械化”が中心となり、人の技術により、どれだけ人工的にコントロールできるのかに掛かっています。
しかしながら、言うは易しで、その理想実現のための基本的アプローチが機械的工場化を目指すだけに、通常多大なコストが要求されることになります。
その上で、「完全閉鎖循環式」とは、重みのある呼び名であると考えており、「半閉鎖循環式」とは一緒くたにできないと考え、ここでは厳しい定義を設定することにしました。
なお、蒸発分に関しての給水は許容することにしています。蒸発分を回収するとなると完全密閉式が条件となり、宇宙での育成を目指すような、更に高次元のシステムとなるからです。これを行う事例としては、東京海洋大学の閉鎖生態系循環式陸上養殖の報告があります。これを事業レベルで行うのは、現状難しいと考えていますが、これは究極的な完全閉鎖循環式だと考えています。
いずれにしても、「完全閉鎖循環式」で許されるのが蒸発分の給水とした場合、育成水の浄化設備はハイスペックなものが要求されますし、モニタリングが必要な水質項目、蓄積物の処理や不足分の微量元素供給など、設備に掛けるコストが尋常ではなくなります。
結果的に、事業としての費用対効果を考え、現実的な陸上養殖を設計する場合、設備及びオペレーションには換水機能を持たせる必要があり、「半閉鎖循環式」域を超えられないのが現状だと思われます。
陸上養殖の基本的論点から「妄想?」へ
陸上養殖の基本的な分類を俯瞰することで見えるのは、一貫して”水”が中心であることを改めて見ました。水の利用方式の違いにより、分類されており、どれだけ再利用されているかが重要になっています。
その”水”から見えてくる本質は、水槽(システム)を通過するモノのINとOUTの関係性です。経済用語で言えば、インフローとアウトフローの関係です。
養殖システムの設備能力を選定する上でも、このINとOUTの関係こそ最も重要になります。
水で言えば、アンモニアなどの水質指標の濃度差や水温差の関係です。
逆に、INとOUTの視点に立った時、システムに必要な要素を眺めたとき、この関係が成り立つモノが水以外に多くあることに気がつきます。
例えば、生体そのもの、餌、溶存酸素、エネルギー、…etc
これを眺めていると、”水”だけで語られる「循環式」には、見えずらくなっている重要な”モノ”が沢山あるのではないかと考えるようになりました。
また、もう一つ付け加えるとすれば、”水”の利用を成り立たせるのに、その方法と発展が”機械的工業化”によるアプローチでしか語られていないと感じる所です。そこにアプローチ方法が限定されている様な貧しさを感じるようになりました。
その上でMauerは、新たな捉え方で、陸上養殖を考えていきたいと考えているのですが、そこでは、陸上養殖を一つのシステム内で拘束するだけではなく、システムの外との関りも捉える形で再評価としたいと考えています。
自分で言うのもなんですが、このあたりから妄想的になってきており、今、この記事を書きながら漠然と思考の中を廻る世界観を形にしようとしているだけなので、はっきり言ってかなり取り留めのないことを恥ずかしげもなく語っている危険性もあります。
しかしながら、そもそも人工生物圏という構想もここから始まっているようなものです。核心的テーマに繋がる思想でもあるため、この活動を通して今後精錬できればと考えているところです。
その走りとしての妄想的な記事であるため、混乱を招くようであれば、早々に離脱してほしいと願っている次第です。(笑)
新たな捉え方へ
ここまで現代の陸上養殖の一般的なとうよりも、Mauerの色眼鏡を通して分類し、改めて要点を見てきました。その上で思うのは、将来的に陸上養殖が発展する上で、不足している視点があると感じます。
それは、”水”以外の要素の循環を考慮する視点です。
その上で、次回のPart3では、その陸上養殖の”新たな捉え方”を議論し、そこから覗く可能性について考えていきたいと思います。
前記事のPart1はこちらです。陸上養殖を楽しむ(Part1)陸上養殖とは何か?陸上養殖とは、すなわち水棲生物を陸上で育てることを示すのですが、水に棲む生物を陸上で育てようという試みは、言葉通りに単純なものではなく、農業や畜産にはない難しさがあり、陸上という水棲生物が本来育たない環境において、強引に育成を行うための環境を用意するところから始まります。
次記事のPart3はこちらです。陸上養殖を楽しむ(Part3)新たな視点から覗く可能性陸上養殖を楽しむとはどういうことか?Part3においては、陸上養殖を”楽しむ”ことの核心について考えていきます。ただ、そもそも”楽しむ”とはどういうことでしょうか?”楽しむ”などというものは、個人の域を出ず、なんとも掴みどころのないテーマで...
コメント