脚光の中のゲノム編集(Prat1) 期待と危険性の狭間で生じる抵抗感

「DNAのハサミ」誰でも出来るゲノム編集 ゲノム編集
「DNAのハサミ」誰でも出来るゲノム編集

ゲノムとは、生物を構成する細胞一つ一つに格納されてる生物の設計図(全遺伝情報)です。

山本卓氏の著書『ゲノム編集とはなにか』の冒頭では、ゲノム編集を次のように記述していました。

ゲノム編集は、生物のもつ全ての遺伝情報であるゲノムを正確に書き換える技術である。この技術は、ヒトを含む全ての生物で使うことができることから、研究の世界だけでなく、産業界、さらには医療の世界を大きく変えようとしている。

山本卓(2020)『ゲノム編集とはなにか「DNAのハサミ」クリスパーで生命科学はどう変わるのか』ブルーバックス.

多種多様な生物の姿や能力など、その全ての”デザイン”を司る遺伝情報を、人が思いのままに編集可能な世界の到来とは、まさにSF的であり、神の領域に踏み込む究極的な力を手にすることのようにも思えます。

今、その技術は、基礎研究を超えて、応用分野へと急速に展開されています。

急展開に追いつけない

特に、2012年の「DNAのハサミ」と呼ばれるクリスパーの登場以降、バイオテクノロジー分野の急展開には目を見張るものがあり、基礎研究を超えて、食産業、農林業、医療をはじめ、応用分野への利用が右肩上がりで加速していることが伺えます。

応用分野への利用とは、つまり、私たちの生活に直結していくということです。

Mauerは、生命科学に感心を寄せる者の一人ではありますが、ゲノム編集などを含む遺伝子工学的な分野には、間接的ににも関わることがない門外漢です。

しかしながら、ゲノム編集時代の幕開けとも呼べるような昨今の急展開に、どう受け止め、対処して行くべきなのか?ゲノム編集が持つ力の大きさを思えば、専門家だけの議論に任せるだけではなく、分野、立場を越えて、広く議論すべき人類にとって重要なテーマであると思えてなりません。

当ブログでも、議論を深めていきたいテーマとしました。

ここでは、Mauer自身がゲノム編集の何を問題だと感じてしまうのか?整理するところからはじめることにしました。

脚光の中のゲノム編集

ここ最近注目したゲノム編集の応用分野に関するニュースを簡略的に紹介します。

食産業において

日本は、食産業へのゲノム編集の応用を世界に先駆けて推し進めようとしている国の一つです。

厚生労働省は、ゲノム編集によって品種改良された品目として、2021年9月にマダイ(マッスルマダイ)、10月にトラフグ(高成長トラフグ)と、2020年末のトマト(GABAトマト)に続いて、魚類でも「安全審査は不要」と判断し、ルール通り「届け出のみ」で流通と販売を認めました。

現時点で3品目のゲノム編集生物が、国の名の下で、我々の手元に届くことを許されたことになります。

これら3品目が、安全審査が無く、届け出のみで許されたのは、「ゲノム編集された品種が、外来の遺伝子を組み込むのではなく、元々ある遺伝子を変化させただけであり、原理的には従来の品種改良と変わらない」と言うのが理由になります。

また、遺伝子組み換えに当たらないため、「表示義務」も免除されています。

従来の品種改良とは、古代から続く自然界からの有用種(突然変異)の選択育種に始まり、有用種同士の交配・交雑、放射線や化学物質による人為的な突然変異のことです。

ゲノム編集の凄いところは、数十年と掛けていた従来の品種改良を、数ヶ月で達成させてしまう圧倒的な速さです。

速いということは、容易かつ低コストでゲノム編集できることを意味します。

事実、技術的な練度を必要とすることなく、それこそガレージレベルでもゲノム編集を行うことが出来るようになってきているようです。

マッスルマダイは、筋肉細胞の成長を抑える「ミオスタチン」の遺伝子の一部を除くことで、通常の1.2倍の肉厚マダイに成長します。

高成長トラフグは、食欲調整に関わる遺伝子を破壊することで、従来のトラフグと同期間の育成で1.9倍に成長します。

GABAトマトは、気持ちを落ち着かせる「抗ストレス作用」を持つアミノ酸の一つである「GABA(ギャバ)」の量をゲノム編集によって約5倍にしたトマト です。

魚は、餌料効率の改善による餌料コストの低下や育成期間の短縮という生産者に嬉しいメリットを持ち、トマトは、健康食品という消費者に嬉しメリットをもたらしてくれます。

しかしながら、安全審査不要の届け出のみで認可出来る行政の仕組みや表示義務を負わないことについては、人体への安全性の確保から、消費者への透明性の問題、そして、自然環境下での生物多様性への影響など、その危険性を問題視する声もあるところです。

参考資料
・「ゲノム編集食品」国が初承認トマト流通へ.日本経済新聞.2020-12-11.
・ゲノム編集マダイ流通へ魚で初、養殖の効率向上期待.日本経済新聞.2021-9-18.
・フグもブタもゲノム編集京大発新興、品種改良しやすく.日本経済新聞.2021-11-5.

医療分野において

医療分野にも応用は始まっています。

今年の11月には、遺伝性疾患の治療法の研究目的のため、受精卵を作り、ゲノム編集技術を使って遺伝子を改変する基礎研究を認める方針が、内閣府の生命倫理専門調査会において決められたようです。

医療分野への応用は、創薬から難病治療など応用の幅は広く、助けられる命が増えることを意味します。

人類にとって最も重要な「人の命」という大義がある以上、重要な試みであり、大いに期待が寄せられるところです。

一方、2018年にHIV感染防止という観点から、ヒト受精卵の遺伝情報を書き換えた双子が誕生したという発表には、世界的にも衝撃が走ったことが記憶にも新しいところです。ヒトへの応用には、超人思想的な観点からの「デザイナーべービー」など、危険性の高い思想も惹きつけながら、倫理的にも重たい課題を突きつけています。

参考資料
・新しく受精卵をつくってゲノム編集 遺伝性疾患の基礎研究で容認へ.朝日新聞DIGITAL.2021-11-11.

その他注目の分野

今年の8月には、ゲノム編集によってCO2吸収能力を増量させたスギの品種改良を実現させたとありました。

気候変動対策の一環としても期待が寄せられるようになっています。

また、スギのゲノム編集の応用として、無花粉個体による花粉症問題へのアプローチから、伐採や加工による建材やバイオマス発電、木材の主成分から生産できる「セルロースナノファイバー」をプラスチックの代替え材料として利用するなど、脱炭素に貢献など、大いに期待されています。

一方で、こう言った応用による期待される効果は、対処療法に過ぎず、問題の本質を解決するわけではないという批判もあります。例えば、地球温暖化などをはじめとした気候変動問題の本質は、そもそも、政治や社会、産業構造のあり方に起因する問題ともいえるからです。

参考資料
・スギ改良でCO2吸収量増 森林総研、ゲノム編集で実現へ.日本経済新聞.2021-9-27.

ダウドナ氏の対話記事

2012年にクリスパーによるゲノム編集の扉を開き、2020年のノーベル賞受賞者の一人となったたジェニファー・ダウドナ氏が、2018年7月のフォーリン・アフェアーズ・リポートでの対話記事『ゲノム編集の進化とリスク』で示した返答は、大変印象的でした。

____ 規制についてもう一度聞きたい。この分野で今、リスクとメリットのバランスをとっているの誰なのか。正式なガイドラインを策定している組織はあるのか。

存在しない。

____ ではそれぞれの研究者が個別にリスクを判断しているのか。

そうだ。

____ つまり、そういった個々の研究者の選択に完全に依存している。

そうだ。

____ それは、人類の進化に影響を与えるかもしれない新たな技術の利用と管理について総合的に考える上で、どうみても適切な方法とは言えないと思う。

その通りだ。

『ゲノム編集の進化とリスクーージェニファー・ダウドナとの対話』フォーリン・アフェアーズ・リポート.2018-7.

2021年11月21日現在、ゲノム編集の技術開発及び応用、そしてルール作りに関わる全ての人が、同様の質問に対してどのように返答出来るようになっているのか、その現状を知りたいところです。

抵抗感と向き合う

現状は、ニュースを追って言われるままに受け止めるのが精一杯というのが、Mauerの正直な所なのです。

しかしながら、「ゲノム編集」その言葉が持つ力と意味を考えるとき、魅せられつつも、拒絶したくなるような、得も言えぬ抵抗感を身の内側より込み上げさせてしまいます。

また、科学的な理論や説明資料にどれだけアクセスしようと、更にその技術と意義について理解が可能だったとしても、この身の内からくる抵抗感を拭うことは出来ないのではないかとも考える自分が、今ここにあるのです。

急展開ぶりに、何かが置き去りにされているような印象を覚え、整理も出来ず、理由も確定しないまま感情的な抵抗感を強めてしまう自分を見ている状況です。

「感情的な反応」は、「知らされる側」、「受け止める側」の立場が抱く特権でもあると思っているMauerですが、理由もないままでは良くないでしょう。

だからこそ、この感情的な抵抗感と冷静に向き合い、付き合うためにも「ゲノム編集」への抵抗感が、一体どこからやってくるのか?その所在を探し、課題として受け止め、向き合うことからはじめたいと考えました。

その所在はおそらく、ゲノムを編集する行為そのものに対してと言わざるを得ないように思われます。

ゲノムとは、まさに生命の根源でり、生と死を司る急所とも言えます。

2012年は、ゲノム編集以外にもディープランニングによるAI技術や量子コンピュータなど、先端技術のニュースに沸いた年でもありました。しかしながら、生命の根源に直接干渉するゲノム編集は、他の2つと明らかに毛色がことなる技術のように思われす。

ではなぜ、生命の根源に関わる技術を問題と考え、Mauerの中に宿る抵抗感の所在と考えるのか?

その所在の深部については、Part2へと記事を分けて議論させて頂きます。

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