陸上養殖を楽しむ(Part1)陸上養殖とは何か?

陸上養殖のイメージ図 陸上養殖
陸上養殖のイメージ図

陸上養殖はMauerにとっては特別な存在であり、第一線から降りた今でも、この分野こそ最高に刺激的で「面白い!」と思い続けています。

では、陸上養殖の何がそんなに面白いのか?その魅力はどこにあるのか?

主観的で個人的な意見が強くなるわけですが、陸上養殖の可能性や意義を考えるとき、それが、水産業という枠を越えてあらゆる分野への横断を必要とし、世界が広がっていくような瞬間に出会えることにあると考えています。

これを今一度整理しながら、改めて陸上養殖と向き合い、願わくば、その魅力について伝えられればと考えているところです。

また、元々は陸上養殖が専門分野であった訳ですが、一線を離れたことで時間が経てば経つほど、どうしても情報が乏しくなり、知識も思考内容もチープにならざる得ないだろうと考えています。

そんな自分を軌道修正するための一環として、「雑稚妄考」でも問い続けたいテーマとしました。

まずは、「陸上養殖を楽しむ」と題しまして、陸上養殖とは何か?、現状や将来的な可能性などについて、他ではあまり語らないであろう視点から、議論していきたいと思います。

陸上養殖とは何か?

陸上養殖とは、読んで字のごとく、陸上で行う水産養殖を表しており、すなわち水棲生物を陸上で育てることを示します。

また、陸で育てる意義(メリット)として、主に次のことが考えられています。

1.立地条件を選ばない
2.天然水域への環境負荷を抑えられる
3.病原菌等の持ち込みを防げる
4.水温などの環境をコントロールできる
5.環境コントロールによる成長の高速化

しかしながら、水に棲む生物を陸上で育てようという試みは、言葉通りに単純なものではなく、農業や畜産にはない難しさがあると考えています。

それは、水棲生物が本来育たない陸上という環境へ、強引に水中という環境を用意するところから始まるからです。

その用意した環境のスタイルによって、陸上養殖は、大きく3種類に分けることができます。

育成水を交換(換水)し続ける「かけ流し式」、浄化装置を用意して換水量を制限しながら育成水を再利用する「半閉鎖循環式」、基本的に換水を行わずに、浄化装置の能力だけで育成水を使い続ける「完全閉鎖循環式」です。

この3つのスタイルが陸上養殖の基本的な分類ですが、詳細についてはPart2にて説明していくことにします。

ここPart1では、Mauerが面白いと思っている陸上養殖に向ける視線、考え方から議論していきたいと考えています。

その視線を3つにまとめることにしました。

①生と死、異なる世界の交差点
②海の中のライオン
③豚ではなくイノシシを

繰り返しになりますが、これら3つに共通する重要なポイントは、「農業や畜産業にはない難しさ」にあります。

Mauerが面白いと思う陸上養殖に向ける視線

生と死、異なる世界の交点

Mauerが考える農業や畜産にはない陸上養殖最大の特徴とは、”陸”と”水”という異なる世界を交差させることにあると考えています。

”陸”における食料生産と言えば、田畑で行う農業、牧草や家屋で行う畜産となり、その舞台も対象種も”陸”由来となります。一方、”水”における食料生産と言えば、河川や海を舞台とした養殖となり、その舞台も対象種も”水”由来となります。つまり、大々的に営まれている一次産業のスタイルの多くは、陸なら陸、水なら水と、その舞台にあった対象種を育てていることになります。

これが陸上養殖となると、話は全くの別物になるのです。

陸上養殖とは、陸上という舞台に、水中という舞台を強引にねじ込み、あつらえた世界に異世界の住人を住まわせる営みなのです。これだけでも、手間とエネルギーを要することが想像できます。

さらに難しく言いたい(笑)。

陸上と水中を対比させることの意味を考えた時、”生”と”死”という二つの世界の対比が現れます。

陸上で”生”を謳歌する人類を含めた陸上生物にとって、水中とは”死”の世界です。なんの準備もなしに水中へと沈めば、呼吸できずに数刻で死を迎えます。同様に、水中で”生”を謳歌できる水棲生物にとっては、陸上が”死”の世界となります。水揚げされれば呼吸できず、こちらも数刻で死を迎えます。そんな、本来交わるはずのない二つの世界を交差させる舞台こそが陸上養殖なのです。

勿論、陸上と水中が完全に交わり、混ざり合うような訳の分からない異質な世界などではありません。水槽や配管などを用いることで、陸上と水中の領域は区切られます。しかしながら、区切られながらも同一空間内で、その境界をすれすれにし、干渉し合う世界なのです(水温と気温の関係、放流、収穫、湿度や塩気、掃除や検査等の日常管理、メンテナンス…etc)。

異なる世界の住人が異なる世界のことをコントロールしようとすることは、大変骨が折れる作業です。しかしながら、骨が折れる大変な舞台でもあるだけに、その異質さを常に意識することが出来る世界でもあります。このことは、陸上養殖の未来を創造していく上で注目すべきポイントになるのではないかと考えています。

そもそも、一次産業における食料生産とは、生き物を”狩る”または”育てる”ことで成り立つ”生”と”死”を扱う産業です。

しかし、そういったことの実感は、食産業における合理化の中、分業・専業化され、更に工業化される過程の中で見えにくくなっているように思われ、その影響が食産業を取り巻く人間中心主義的な問題に現れているのではないかと思うことがあります。が、このテーマに関しては、ここでは深入りしないようにします。

しかしながら、SDGsなどが掲げられる今日においては、人間以外の生命及び世界に対する見方を捉え直す必要があるのではないかと考えているところです。

陸上養殖の潮流は、食の安心安全や自然環境への配慮という視点から、閉鎖循環式を目指した技術開発が進んでいることが伺えます。閉鎖循環式の完成度を高めることは、外からの病原菌の持ち込みや、気象条件からの影響を抑えることが出来ます。また、外からの影響を受けないということは、外の環境への負荷も抑えることに繋がります。一方、その裏を返せば、システムの完成度の高さは外側の存在を如何に消せるかに掛かっているともいえます。

このとき発生する、システムの”内”と”外”の捉え方によって、陸上養殖が進む道は、いかようにも分かれていくのではないかと考えています。”内”の完成度を高めることは、生産性を求めていく上で重要です。しかしながら、それは、あくまでも”外”の世界の中にあり、”外”に支えられている上で成り立っている”内”であることを忘れてはならないでしょう。

”陸”と”水”、”生”と”死”とう異なる世界が交点をなし、行きつ戻りつしながら意識し続けなければならない陸上養殖には、対照的な異なる世界に意識を向け、これらを繋げるために思考し続けるための機能が必然的に備わっているのではないかと考えています。

これが、陸上養殖にたいするMauerにとっての価値であり、これを忘れないで陸上養殖に向き合う時、創造的なアプローチの幅が広がるのではないかと感じているところです。

海の中のライオン

陸上養殖において、認識していなければならないことの一つが、陸上の家畜と異なり、その対象種の多くが肉食生物であるということです。

例えば、マグロなどは、食性から考えれば海の中のライオンを育てているようなものです。他の主要魚種であるサケ、マダイ、ヒラメ、ブリ、トラフグなども肉食生物です。

肉食生物を育てるということは、草食生物にはない決定的な難しさがあります。

最たるものは餌料効率(増肉係数)です。

例えば、かなり雑な試算ですが、自然界の食物連鎖において、食物連鎖の階段を1段上がるごとに、増重量の10倍前後の捕食対象種が必要になると言われています。

つまり、牛肉1㎏を増やすのに10㎏の牧草が必要になり、ライオン肉1㎏を育てるのに10㎏の牛肉が必要となり、牧草から考えると、ライオン肉1㎏に対して100㎏の牧草を要することを意味します。

これが、海洋であると、食物連鎖の階段はさらに増えます。

単純計算ではありますが、例えば、1次生産者の植物から高次捕食者のマグロまでを考えるのならば、①植物プランクトン→②微小動物プランクトン→③大型動物プランクトン→④メガ動物プランクトン→⑤小型魚→⑥大型魚(マグロ)となるわけです。つまり、マグロ肉1㎏に対して、10万㎏(100t)の植物プランクトンが必要になることを意味しているのです。

牛肉とマグロを比較すれば、牛肉の1万倍の植物を使ってマグロを育てていることになります。

※補足:水産養殖における餌料効率(増肉係数)の数値について
マダイなど、水産養殖おける餌料効率は、1を切ります。これは、1kgの餌を与えて、1kg以上体重が増えることを意味しています。
一見あり得ない数値です。が、注意しなければならないのは、この時与えている餌が乾物であるということです。
上記で説明してきた餌料効率とは生鮮なのです。
乾物であるが故に見かけ上、餌料効率が良すぎる様に見えるのです。

勿論、なかなか乱暴な試算であるため、実際はここまで単純ではないでしょうし、海そのものの生産性の高さ考慮する必要はあります。しかし、肉食動物を育てることに、一筋縄では行かない難しさがあることが分かります。

強いて言えば、陸上養殖における育成技術がどんなに発達しようと、飼料原料が天然資源(イワシやキビナゴなどetc)に頼っている限り、天然の海洋資源の需要が尽きることがありません

そもそも陸上養殖を含めた水産養殖業そのものが、餌量を天然資源に頼らざる得ない現状は、将来的に最も重要なボトルネックになると考えています。

ブタではなくイノシシを

農業や畜産に比べて歴史の浅い水産養殖業では、品種改良が明らかに遅れており、家畜化出来ていません。

基本的に水産生物の多くは、品種未改良の天然生物を育てている状況です。これは、家畜としての豚ではなく野生動物としてのイノシシを育てるようなものです。

例えば、家畜化されたブタやニワトリ(ブロイラー等)などは、成長が早いだけでなく過密飼育を行ってもストレスを感じないように品種改良されています。

家畜化前の原種であるイノシシやセキショクヤケイ(ニワトリの原種)などを同じような密度で育てることはできないのです。

方や畜産業に比べて品種改良が遅れている水産業においては、その多くが品種未改良な天然生物の高密度育成にチャレンジしているのが現状であり、陸上養殖においては、天然生物に合わせたシステム開発を行っているとも言えます。

今後は、システム(人間側の都合)に合わせて生物を作り変えていくように、品種改良を行うようなアプローチもベクトルが強くなっていくのではないかと考えているところです。

そもそも、陸の主要な畜産種である牛、ブタ、羊、鶏などに比べて、水産資源は、多品種なわけですが、品種改良が進むことで、その品種が陸の畜産種の様に絞られるのか気になるところですし、水産資源が他品種であることによる食文化としてのメリットなど、その関係性やあり方などについても目を向けていきたい課題だと考えています。

更に、「マッスルマダイ」の様に、水産養殖業界における品種改良方法として、ゲノム編集技術などの先端技術が、時代の流れに合わせて精力的に応用されようとしています。こういった変化に対して、陸上養殖がどう答えていけるかにつても注目している所です。

※なお、Mauerの個人的な意見としては、ゲノム編集肯定派ではありません。ですが、起きた技術はなかったことには戻せるものではないと考えており、どう向き合うかが重要だと考えています。

ゲノム編集に対するMauerの見解等は、次の記事より議論しています。
脚光の中のゲノム編集(Prat1) 期待と危険性の狭間で生じる抵抗感
ゲノムとは、生物を構成する細胞一つ一つに格納されてる生物の設計図(全遺伝情報)です。山本卓氏の著書『ゲノム編集とはなにか』の冒頭では、ゲノム編集を次のように記述していました。ゲノム編集は、生物のもつ全ての遺伝情報であるゲノムを正確に書き換え...

to be continued

陸上養殖は、閉鎖循環式を指向し、技術開発が進んでいることが覗えるわけですが、技術的な難しさを含めて、まだまだ発展途上的な産業であると考えています。

しかしながら、SDGsなど産業のあり方が変わろうとしている今日において、陸上養殖には多くの可能性を秘めているとも考えており、これらも踏まえながら、更に議論を進めていければと考えています。

次回のPart2では、陸上養殖の基本的な分類からメリットとデメリットを比較しつつ、Part3では、陸上養殖を「楽しむ」ための新たな視点について議論してみたいと考えています。

続きの関連記事はこちらです。
陸上養殖を楽しむ(Part2)基本的な分類から見るメリットとデメリット
陸上養殖の基本的な分類を考える陸上養殖の基本的な分類については、前記事のPart1にて「掛け流し式」、「半閉鎖循環式」、「完全閉鎖循環式」の3種類に分け、概要について少し触れました。なお、3つの分類ですが、もっとシンプルに分けるのであれば、...

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