”循環式”そのものへの魅力
循環式陸上養殖に挑む価値とはなにか?を考えて行くとその根本にあるのは、”循環式”という思想そのものが放つ魅力にあるように思います。
水の循環を陸でやることの強制力
「食の安心安全」、「環境に優しい」、「SDGs」、「海を守る」、「天候に左右されない」、「病気を防げる」、「場所の制約レス」、「トレーサビリティー」ets…。循環式陸上養殖には魅力的なワードを多数並びます。これらはどれも循環式陸上養殖への意義を与えてくれる言葉です。
一方で、この業界に関わり困難にぶつかる度に自問自答する中で、一体なににそんなに魅せられているのか?なぜ関わろうとするのかを考えると、やはり”水の世界を陸の世界に揚げる”という無茶な試みから始まるのではないかと考えるのです。
そして、その”無茶な世界を人工的に維持”させようとする試みることの中に魅力があるのではないかと考えています。
まず、水の世界を陸の世界に上げ、循環式陸上養殖として循環を試みる営みには”ごまかしの効かない強制力”があります。恐らくそれは、月や火星に人が生活するためのコロニーを形成しようとする試みに似ているのではないかと思います。
陸という外界に隔絶された水の世界を、外に頼ること無く、いかにして維持していくのか?その循環率をどこまで高めるかが問われるのですが、その循環率を高めるためには、恐らく、地球の持つ”究極の循環”に目を向けなければ成り立たないと考えています。
その追求の先には、循環式陸上養殖の発展だけではなく、人の生活の在り方、自然と人間の関わりを考えることにも繋がっていくのではないか?そこに魅力を感じているのだと思います。
循環式に求めるモノ
調和を実現出来る生産
そんな私たちが、循環式の陸上養殖に求めたいのは、自然環境と調和できる生産方式としての発展です。
環境と調和できる生産方式として確立出来なければ、持続性のある事業を生み出すことが出来ないと考えています。
陸上養殖において特に問題となるのは、排水の問題です。生き物を育てることで出てくる大量の排泄物は育成水をあっと言う間に汚していきます。
そのため、掛け流し式や、半循環方式の陸上養殖では、育成水の入れ換えを行います。当然、この方式では、換水した分量に応じてシステムを取り巻く外の環境に排泄物由来の負荷をで汚してしまうことになります。
そのため、システムを構築する上で、最も重視しなければならないのが浄化設備を充実させることだと考えいます。排水を極力抑えて水を再利用出来るよう浄化設備を整えることが出来れば、圧倒的に外の環境への影響を減らすことが出来ます。
場所を選ばない
陸上養殖を普及させるためには、場所を選ばず誰もが生産出来るようなシステムでなければならないと考えています。
育成水の再利用率が高い循環式を確立することが出来れば、その分、水が貴重な地域でも生産が可能となり、陸上養殖の普及を進めることが出来ます。
そして、場所を選ばずにどこでも水産物が生産出来るようになれば、誰もが新鮮かつ安全な水産物へのアクセスが可能になる未来が広がります。
循環式の難しさ
一方で、循環式には多くの課題があると考えています。
技術的問題
主な問題となるのは浄化の技術です。循環式においても最も重要になるのが生物由来の排泄物と言った有機物の処理になります。
しかしながら、これだけでは完全な浄化とはならず、その他の蓄積してく物質の処理、pH維持、微量成分のコントロールなど、水の再利用率を高めようとすればするほど、様々な項目で処理や維持が求められることになり、システムが複雑かつ大型化し、費用も掛かります。
これらの項目を精査しながら簡素化、省力化を進める必要があります。
生産コストの問題
ただでさえ、水の生き物を陸上で育てようとすることに加えて、水も循環しながら育てようとすると、土地、建物は勿論、生産対象種に見合った水槽、育成環境の維持・管理設備など、様々なイニシャルコストが掛かります。更に食として求められる水産生物の多くは魚類を中心に肉食性であるため、餌となるタンパク質も獲得する必要があります。
そのため、採算性を良く吟味して計画をしていかなければ、誰の手にも届かないような価格帯の食品を生産することになります。
生産対象種の問題
循環式養殖は、基本的にその設備を準備させるだけで相応のコストを伴うため、生産性を高めるためには、限られたスペースでどこまで多く生産出来るのかを求めることになります。
そのため、必然的に高密度育成が求められます。しかし、ここで問題となるのが、水産生物の多くが十分に家畜化されていないことだと考えています。
水産生物の多くは、ブタではなくイノシシを育てることに等しく、イノシシは家畜化されたブタのような飼育密度で飼うことは出来ません。
循環式の設備をより発展させることも必要ですが、同時にこれに見合うように家畜化も求められるのではないかと考えています。
私たちのアプローチ
“見えない方程式”を探して
まずは、技術的問題からのアプローチです。
””究極の循環”を実現している自然界には、目には見えない浄化の仕組みが存在しています。
森の土壌、川の流れ、微生物の働き──それらは環境を整え、命を支えるために働いています。
私たちはその力に学びながら、人工的な環境の中で浄化の仕組みを再現しようとしています。
この取り組みは、まだ始まったばかりです。けれども、“見えない方程式”を探すように、一つひとつの要素を見つめ直し、”関係性のネットワーク”として捉え直そうとしています。
浄化とは、単なる処理ではなく、環境全体のバランスの中で成り立つものだと考えているからです。
水質は“複雑な方程式”
水質の変動は、単一の要因では説明できません。
私たちはそれを、”数の変数が絡み合う“複雑な方程式”として捉えようと試みています。
設計時に固定される要素
- 水槽の容量
- 対象生物の密度
- 循環水量
- 浄化装置の能力
- 水質管理の条件
- 餌料の種類
- 設置環境(気候・標高・水源など)
運用中に変動する要素
- 給餌量と頻度
- 排泄物や残餌による窒素負荷
- 対象生物の代謝や生存数の変化
- 微生物群の構成
- pHや酸素濃度等の水質の変動
- 生物浄化槽のバイオフィルムの成熟度(浄化能力)
- 蒸発量や外部からの水補給
- 清掃やメンテナンスの頻度やタイミング
これらの要素は相互に影響し合い、リアルタイムで環境を変化させていきます。
そのため、静的な設計ではなく、動的な理解と対応が求められます。
小さな環境から、観察を始める
現在、プロトタイプとしての小型の実験装置を組み立て、実際に浄化のプロセスを観察しています。
水質の変化、微生物の動き、対象生物の状態等、それらを丁寧に記録し、どのような要素が関係し合っているのかを探っています。

まだシミュレーションや数理的なモデルの構築には至っていません。
けれども、現場での観察こそが“見えない方程式”を読み解く第一歩だと考えています。
自然を模倣し、未来をつくる
完全な自然環境を再現することは出来ません。しかも、そこに事業性を加味しようとすれば更に難しさが増すことになります。
しかし、自然界の”究極の循環”に学びながら、そこに近づこうとする姿勢は、人工的な環境の中でも持ち続けることができます。
そして、そこに近づこうするアプローチは、持続可能な水利用のためだけでなく、人と自然の関係を見つめ直すための技術でもあると信じています。
おわりに
今はまだ、多くを語れる段階ではありません。
浄化の仕組みには未解明な部分が多く残されています。だからこそ、一つひとつを丁寧に見つめていくことが、私たちの目指す方向です。
“見えない方程式”を探しながら、自然の力に学び、科学の力でそれに近づく。
そんな未来を目指して、今日も水槽の前に立ち、循環式陸上養殖に挑みます。
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