『モナコ式』から挑戦した海水の無換水水槽作り

水替え不要モナコ式水槽の自作 無換水水槽

海水飼育において、水を取り替えずに長期育成を実現したと云われる『モナコ式』水槽の能力を知るために、2019年9月28日より、2020年8月3日まで約10ヶ月間を無換水にて育成しました。

ここでは、モナコ式の概要と、Mauerが実際に行ったモナコ式をベースとした水槽作りを紹介します。

モナコ式システムの概要

モナコ式と呼ばれる飼育方法は、元々、フランスのニース大学と近くのモナコ水族館で働くサンゴ礁研究者のジャベール教授(Jean M. Jaubert)が考案したものです。

構造

システムの構造は非常にシンプルです。

まず、水槽底部に2~3cmの水以外なにもない中空空間としてのプレナム層を用意し、その上に厚さ8~10cmのサンゴ砂(あまり細かすぎず、穀物よりは大きいサイズの粒)を敷き詰めます。

あとは、サンゴ砂層から上の育成空間に十分な酸素が供給される用に、エアレーションや水流ポンプを必要とします。

これだけです。

構造的なモナコ式の特徴は、水槽底部のプレナム空間とサンゴ砂を厚く敷くことにあります。

期待できる効果

モナコ式の構造から期待できる効果は次の通りです。

①硝酸の脱窒

暑く敷いたサンゴ砂の内部で、低酸素空間が出来ることで、嫌気性細菌による硝酸の脱窒が行われ、硝酸濃度の蓄積を抑制できる。

硫化水素発生抑制

水槽底部のプレナム層が、底部の無酸素環境と物質拡散の均質化、酸化還元電位を平均化させることで、極めて致死性の高い硫化水素の発生を抑制する。

※酸化還元電位についての補足
酸化還元電位とは、物質を酸化、還元させる力をプラス(酸化力)とマイナス(還元力)であらわした数値となります。
モナコ式で重要となる硝酸の脱窒は、酸素濃度の低い嫌気的環境下でのバクテリアによる還元作用によって行われます。脱窒が行われているであろうエリアの酸化還元電位を測定すれば数値はマイナスの値を示し、測定した環境が嫌気的環境であることが分かります。
ちなみに、酸化還元電位が-50~-200mVにて脱窒が起き、-200mV以下であれば、硫化水素が発生するとされています。

③水質の安定化

水換えの頻度を限りなく少なく出来ることから、上手に育成を行えば水槽内の水質が安定化し、水換えによる微生物も含めた生体への負担を抑えられる。

④メンテナンスの省力化

モナコ式水槽では、一般的な濾過槽と呼ばれる浄化システムを設置する必要がなく、ろ材の洗浄やフィルターの交換などの作業が無くなり、水換えという労力も無くすことが出来ます。

問題点と追加機能

一方、無換水を行う上でモナコ式だけでは解決が難しい問題もありそうです。そこで、意図して持たせることにした追加機能があります。

①ライブロック投入による脱窒の強化

モナコ式のメリットは、サンゴ砂内部での脱窒ですが、これだけでは、どれだけの規模の生物を育成できるのかは不明でしたし、何より、サンゴ砂が熟成するまでにどれだけの日数を要するのかも経験的に不明でした。

そこで、生きた石とも云われるライブロックを多めに投入することにしました。もちろん、鑑賞に堪えるレベルですが。

ライブロックは、死サンゴの骨格に、様々な生物が住み着いたサンゴ石のことですが、その多孔質な性質上、石の内部に微生物が住み着き、モナコ式と同様に脱窒が行われます。

ライブロックだけを活用した脱窒による浄化方法を『ベルリン式』と呼びますが、Mauerはモナコ式をベースにこのベルリン式を複合させる方法を採用することにしました。

②海藻やサンゴの成長によるリン酸の除去

なお、サンゴ砂の層内部における嫌気的環境化では、脱窒は出来てもリン酸の除去が出来る訳ではありません。そこで、海藻やサンゴを導入し、彼らの代謝によってリン酸除去を促すことにしました。

因みに、海藻を育てて栄養塩を除去する方法は『スミソニアン式』とも呼ばれています。

④その他問題点については観察

その他の考えられる問題点については、『硫化水素の発生』、『水の黄色化』、『ミネラルバランスの変化』がありました。

無換水育成を目指す上で、発生する可能性が高い問題と考えられました。これらについては、実際に育成を続ける中で、状況を観察し、改善を試みることにしました。

参考サイト:
Jaubert’s Method, The ‘Monaco System,’ Defined And Refined
In this article I will focus on the simple method developed by Professor Jean Jaubert for establishing a reef aquarium.
参考論文: Jean M. Jaubert(2008)『Sientific considerations on a technique of ecological pssible the cultivation of reef‐building corals in Monaco』Advances in Coral Husbandry in Public Aquariums in Coral Husbandry in Public Aquariums.Public Aquarium Husbandry Series, vol. 2. R.J.Leewis and M. Janese(eds.),pp. 115-126.

モナコ式水槽の自作に挑戦

選んだ材料

・水槽&棚

水槽は、狭いスペースでもある程度の水量が確保できる縦長タイプとし寸法30×30×50㎝のコトブキ工芸の『レグラスフラット F-3050』を採用しました。

水槽台は、専用のコトブキ工芸『プロスタイル 300/350SQ』を選びました。

・プレナム層としてのザル

プラナム層として、100円ショップで入手した『円形のザル』を使用することにしました。高さ5cmの既製品ですが、プレナム層の深さを2cm程度にしたかったのでカットして使用しました。

・サンゴ砂4種

サイズの異なる4種類を採用しまいた。

<サイズ>

  • 粗目(15番):2kg
  • 中目(10番):2kg
  • 中目(5番):5kg
  • パウダー(0番):2kg

モナコ式では、穀物のサイズよりも大きいサンゴ砂が良く、パウダーのような細かい砂では、水の移動を制限してしまい硫化水素発生に繋がってしまうため、避けられるようです。

しかし、Mauerは、ハゼとエビの共生を見たかったために、サイズの異なる4種類の材料を用意し、パウダーも選びました。エビが細かい砂を運ぶ姿を見たかったのです。

また、自然界の海底には、パウダー状の砂が覆っている所もあります。どのようになるのか見てみたいという思いもありました。

・直江津産の天然海

海水は、『天然海水』を使用することにしました。人工海水にはない微量元素も含まれますし、天然海水から直接的に、海の微生物も入れたいという思いがありました。そのため、殺菌などの下処理は行っていません。

・水流作り

当然ながら、鑑賞する生体達は酸素が必要ですし、ライブロックなどに降り積もる残餌や排泄物などの有機物を動かすためにも、水流が必要となります。

最初に用意したのは、水作のエアーポンプ『水心 SSPP3S』を使ったエアレーションでした。水心は、大変静かなエアーポンプで気に入っていましたが、最終的には、エアレーションを取り外し、水流ポンプのみの使用に切り替えました。

エアレーションだけでは、十分な水流を得られなかったことや、なによりも、エアレーション特有の気泡が弾けた飛沫によって水槽の淵やガラス蓋が塩の結晶で汚れるいわゆる『塩ダレ』が、メンテナンスの関係上、手間だと判断したためです。

最終的に採用した水流ポンプは、『コラリア ナノ 900』です。

現在は、改良型のモナコ式水槽で、コラリアの『ウェーブコントローラー』と共に2台の水流ポンプを設置しています。

ヒーター

最初に用意したのは、『GEX NEW セーフカバー ヒートナビ 160W』ですが、1年足らずで故障しまいた。

その後、『ニッソー ニュープロテクトプラス 150W』を使用しています。

・照明

スリムに設置できるLEDライトを採用しました。

最初に用意したのは、『テトラ パワーLEDプレミアム 30』でしたが、タイマー設定可能ですが、細かな設定が出来ないことと、光の質が「海ぽっくない」ことから変更しました。

スマホで色温度や光バランスの絶妙な調整ができ、タイマー制御も可能な『ボルクスジャパン Wing2 30 Marine』を採用しました。

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・その他

水温計、各種水質試薬、夏場の送風式クーラー、掬い用のタモ網などを必要に応じて揃えていきました。

自作手順

まずは、プレナム層作りからです。

サンゴ砂の荷重により、プレナム層として使うザルが変形しないように、支えとして小石を配置しました。

支えとしての小石は、ザルを加工したことで、上からの圧力に弱くなっていた為です。

小石を3点配置し、その上にザルを乗せる。これでプレナム層完成です。

次に粗めのサンゴ砂から順番に敷き詰めていきました。砂の厚みは12cmになりました。厚めに敷いたのは、ハゼとエビの共生を楽しむためです。

2019年9月28日に海水を半分量まで加えてエアレーション及びヒーターをセット。

ライブロックは翌日配置しました。

これで基本的な準備は完了です。

その後は、生体投入を随時行っていきました。

天然海水やライブロックに付着していたヨコエビやプランクトンの動きを観察しつつ、水質に問題がないことを確認して、6日目に海ブドウを植え、9日目にクリーナーセットとして残餌や腐肉を食べてくれるヤドカリ3匹、コケ掃除などとしてカノコ貝系3匹、腐肉食性で砂掃除としてムシロガイ1匹ヨウバイ系2匹を受け入れました。

50日目の11月17日に、共生ハゼのニチリンダテハゼ1匹と共生エビのニシキテッポウエビ1匹を受け入れるまでに、魚類としてハタタテハゼ1匹キイロハゼ1匹、甲殻類としてイソギンチャクモエビ3匹キンチャクガニ1匹、海藻としてホソジュズモを受け入れました。

71日の12月8日からは、サンゴも投入していきました。

<サンゴの種類>

写真は入れた当初の様子であるため、みなポリプを閉じておりますが次の通りです。

  1. ディスクコーラル
  2. スターポリプ
  3. マメスナ
  4. ツツウミヅタ
  5. ウミキノコ

実際の育成及び水圏環境の結果については、次の記事からご紹介して行きます。

モナコ式水槽の育成結果~水質環境編~
モナコ式水槽の育成結果〜水質環境編〜
前回のモナコ式の水槽作りに続いて、ここでは、モナコ式にて実際に育成を行った2019年9月28日~2020年8月4日までの水質環境について、結果をご紹介したいと思います。測定項目及び試薬育成を行いながら、徐々に測定出来る項目を増やし、全部で7...

コメント

  1. 小野 貴之 より:

    Mauerさん

    同じくモナコ式と陸上養殖に魅せられている者で、Mauerの記事を見て色々と勝手に共感させて頂いています。私の師匠はモナコ式をベースとした閉鎖循環で20年以上無換水での養殖実績があるのですが、実際に自分たちの工場に水槽を作ってもらったところ、半年ぐらいで魚が落ちてしまい、上手くいっていません。硝化までは進んでいるのですが、どうも脱窒能力が低いようです。。。

    Mauerさんの家のモナコ式水槽の写真見ると、サンゴ層とプレナムの間を積極的に循環させるポンプは付いていないようですが、それでも脱窒は進んでいるのは何故でしょうか? 寧ろ無理に水流作ると脱窒には邪魔なんでしょうか? 

    初めての投稿で、いきなり質問で恐縮ですが、アドバイス頂けると嬉しいです。

    • Mauer より:

      小野さん
      コメントありがとうございます。
      ご返答が遅くなってしまい申し訳ございません。

      お問い合わせについてのご回答ですが、ご推察の通り、Mauerの水槽では、表層のサンゴ層(魚が泳ぐ空間)とプレナム層(底砂を敷き詰めたエリア)の機械的な循環は行っていません。
      両層に水流の循環系を作ってしまった場合、プレナムまでの空間が酸素で満たされる好気的環境になってしまい、貧酸素下(嫌気的環境)で行う脱窒の邪魔になると考えているからです。
      機械的な動力は、好気的環境下(魚が泳ぐ空間)での水流ポンプのみです。プレナム層との物質の移動は、濃度勾配などによる自然な拡散に頼っています。ただし、水流ポンプのおかけで、プレナム表層に接触する育成水が常に入れ替わっていく分、水流ポンプが無い場合よりもプレナム層との物質拡散は促され、脱窒は促進していると考えています。

      小野さんの師匠により作っていただいた閉鎖循環式では、表層の養殖エリアとプレナム層を機械的に循環させているということでしょうか?
      硝化まで進み、脱窒能力が低いというのは、アンモニア、亜硝酸が消え、硝酸の蓄積が進行している状態でしょうか?

      生物濾過槽に当たるシステムがモナコ式をベースとしたものしかないのであれば、恐らくプレナム層は、好気的環境となり硝化反応メインの水質浄化が行われている状況だと思われます。

      脱窒が行われていないように見えるパターンには2種類はあると考えます。
      一つ目は、「プレナム間が好気的な環境下のために脱窒に至っていない」、2つ目は、「育成密度が多いために脱窒が追い付いていない」です。

      2つ目の影響が強い場合は、給餌から硝酸の蓄積に至る窒素収支を計算すれば、ある程度評価出来る可能性があります。
      また、魚が落ちる原因が、病原菌等の由来でないのであれば、プレナム間の流れが悪いエリアで硫化水素が発生するなどして、落ちる原因になっている可能性も考えられます。

      詳細な養殖水槽の状況が分からないため、アドバイスを適切にできるか分かりませんが、モナコ式の「養殖」への応用には、一般的な閉鎖循環式には無いハードルがあると想定されるため、それらを踏まえた設計をしなければならないと考えているところです。

      そのため、師匠さんの設計に「プレナム間の循環」を取り入れていたとしても、間違ってはいない可能性も勿論あります。

      なお、Mauerとしては、基本的にプレナム層への機械的な循環は必要無いと感じていますし、循環を取り入れた場合は、その時点でモナコ式ではない別のシステムになると考えています。

      • 小野 貴之 より:

        Mauerさん

        返信ありがとうございます! こちらも反応遅くなり申し訳ございません^^;
        表層とプレナムとの間でポンプを使った強制循環はせずとも、濃度勾配で自然な対流が起き、そこに水流ポンプのアシストで、ある程度の循環があるというイメージ理解しました。

        私は門外漢なのですが、水処理の研究をしていた人に聞くと、脱窒プロセスは嫌気サンプの体積(水の滞留時間?)に完全に比例しているということでしたので、あまり勢いよくポンプで表層とプレナムを循環させると、脱窒プロセスができていない可能性もありますね。。。

        ご質問を頂いた点ですが、私の師匠の水槽は強制循環をしています。例えばφ4mぐらいの水槽ですと表層とプレナムを繋げるために600×600程度の中空のコラムを水槽中央に立ち上げ、プレナム層側に0.4kwh程度の水中ポンプを置いて、プレナムからの水をくみ上げて表層に戻しています。
        亜硝酸は2日に1度の給餌で0.3㎎/Lまで下がっており、硝酸塩は150ml~200ml程度で高いものの、それ以上振り切れることもありません。瀕死の魚を水産試験場で解剖してもらいましたが、病原菌、酸欠の可能性は低く、死因不明と。。。ただ、水替えをしたら一気に元気になったので、原因は硝酸塩かミネラルの不足?と推定しています。(ミネラルの不足ってないですかね^^;?)

        ちなみに表層とプレナムの両方の溶存酸素を計測しているのですが、給餌日は表層は4mg/l~6mg/lで、プレナムは1~2という感じ。そして給餌翌日は表層は6~8で、プレナムは3~4ぐらいに回復します。これをもって、プレナムはそれなりな嫌気環境になる時間があり、そこで脱窒ができていると推測しているのですが、ひょっとすると砂層の厚みもしくは流量が問題で、脱窒菌の繁殖エリアが狭い可能性もあります。

        もし、ご迷惑でなければ、モナコ式 x 養殖ということで、継続議論させてもらえると大変うれしいのですが、いかがでしょうか?

        一度私のメールにご連絡いただけると幸いです。

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